瓦礫の山と粉塵。

今日は夜勤明けで実家に行った。
実の所、私自身、大震災後に被害の大きかった場所に出向いていなかったのです。
仕事で行けないという理由と、一人では怖くて行けないという理由でした。

昨日突然、岐阜の父親のイトコさんから、被災者としての体験談を含めたお話を知りたいと
依頼がありました。ポーランドでお話する機会があるんだそうです。
それにはリアリティがより一層必要だと感じて、一度は見ておかないとと思っていたので
良い機会だと、旦那さんに乗せられて行ってきました。

もう絶句。
道路に船があるわあるわ。電信柱はボッキボキ。ガードレールも原型を留めてません。
海にも転覆した船や車の数々。道路も瓦礫の山。そして粉塵。
車の中から見ていても、思わず咳き込んでしまいました。

旦那さんの実家は少し高台で、本当に道路1本で命拾いしております。
もう少し低いと、津波の餌食になっていました。

甥っ子が好きだった海も船も、諦めるしかありません。
お父ちゃんも「何が困ってるの?」と言ったら「無職でこの先どう生きていけばいいか不安だ」
と言っておりました。

旦那さんも「お父ちゃんは死ぬまで漁師だと思ってたから、ショックだ」と
こぼしておりました。

9年しかいない私が絶句するんです。
30年以上住んでる旦那さんはもっと。
60年以上生きているお父ちゃんとお母ちゃんはもっともっと辛い思いをしています。

現実は凄まじい。私本当に頑張らなきゃ。
あそこから這い上がっていく人たちと一緒に復興へ向けて頑張らなきゃって思いました。

あと、沢山の自衛隊の方々が行方不明者をずっと捜索してました。
ただただ頭が下がる想いでした。

今日はゆっくり寝たいですが、興奮状態なので、眠くなったら寝ようと思います。ではまた。
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by jyubon | 2011-03-31 19:19 | 東日本大震災 | Comments(0)

3週間ぶりの入浴。

昨日から、震災後初めて入浴を開始し始めた。
人手も少しずつ増えて、いないなりに休日返上で、ひとまず始めた。
1日15人程度。10日未満で終わる計算だ。それまでは休日返上。

今日の入浴メンバーは約3週間ぶりに入浴した認知症女性利用者。
1回の洗髪では泡立たない。2回目でやっと泡立つ。
入念に丹念に体も洗い、本人好みのお湯の温度で入浴をする。
普段、流れ作業で入浴気分を味わう暇なく介助をしているので、
今日のように、ゆったりと介助できたことは、お互いにプラスになった。

事故もなく、みんな美しくなった。
髪の毛はサラサラ。カサカサ肌も温かくなった。
チアノーゼ気味(冷たくて紫色になっている皮膚状態)の足も血行が良くなって良い色に。

久しぶりの入浴介助も本当に楽しくて、被災ムードを払拭できた。
これからも介助に加われるときはやりたいと思う。

これからは、この少ない人数で当たり前の事をいかにこなしていくかが問題。
その問題を1つ1つずつ解消していけたら、人員も気づいたら増えているのかもしれない。

そんな中、嬉しいことが…。
今年初め、東京浅草の甥っ子さんの所に退所していった利用者さんの家族から
「職員の皆様へ お疲れのない様にして下さい!」と言うメッセージを書いて
オムツ1箱、パット1箱、紙パンツ1箱の贈り物があったのだ!
オムツ庫(オムツを保管している倉庫)で介護職の職員と2人泣きそうになった。
そのコメントが書かれたダンボールを切って、ナースステーションのホワイトボードに
立てかけておいた。こんな有難いメッセージはない。

更に更に…このブログの記事を書いている最中に、宅急便が届いた。
独身時代働いていた同僚の子から、大きなダンボールで届いた品は、
夜勤で差し入れがあったら嬉しい品々が盛り沢山で、本当にビックリ!
このブログを読んで、自宅に宅急便が届くようになったのを知って、送ってくれたそうだ。

お礼の電話をして、10年近くぶりに話をして、懐かしくてテンションMAX!
もう思いがけない出来事で、仕事の疲れも、被災の疲れも一気に吹き飛びました。
本当に言葉に言っても言い表せなくくらいに感謝です。
この場を借りて、本当に本当にありがとうございます。
いつかそちらに伺って、盛り沢山なお土産話をしたいと思います。
いただいた品は、夜勤で小出しに持っていって、夜勤の疲れを癒そうと思います。

先日、職場の薬剤師先生と「人って大事にしなきゃダメだよね」って話をしてました。
普段から人付き合いを怠らなければ、困っている時に助けてもらったり、
声をかけてもらったりしてもらえる。
今回の被災で先生もそう感じたって話してみえました。
先生もお兄さんが津波にのまれて、先日見つかって、今日火葬されました。
そんな時に「家がなければ家に来い!」と言ってくれる友人がいたことに感謝したそうです。
私も人付き合いを大事にしなきゃと思った矢先にサプライズで、本当にそう思いました。

私が住んでいる市は、随分活気付いてきました。
スーパーも大体普段行く所は、時間制限などあったりしますが、開いてきました。
ローソンも開きました。開いてることが嬉しいのです。
自衛隊の災害派遣の大きな車ばかり行きかっていた道路も、
一般車両が沢山行きかうようになりました。
復興の兆しが確実に一歩ずつ見えてきている証拠だと思います。
皆さんの熱い想いに感謝。遠くから見守ってくれている人達の想いに感謝。

もうじき4月。
春はお別れの季節だと、おニャン子クラブが歌っていたけど、こんなお別れはもう沢山です。
遺体で見つかった元同僚が今日火葬されました。
骨になった彼女にも仕事で対面出来なかったけど、心から冥福を祈るばかりです。

今日は懐かしい声を聞け、大きな喜びを得て、想いをいただき、
心から感謝しつつ、寂しいお別れを自分の中でした1日でした。
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by jyubon | 2011-03-29 18:26 | 東日本大震災 | Comments(2)

いつもの元気出してョ

「いつもの元気出してョ」
そのように、仲良しの利用者さんから言われた。

「元気ないなぁ」と言った後に、↑の台詞を言われて、ハッとした。
自分の体の自己管理ばかりに気をつけていたあまり、
利用者に対する対応が保守的を通り越して、覇気がなかったのだ。

憎まれ口たたきながら、笑いながら、仕事をしていたのが半月前の話なのに、
被災者ムードを取り払おうとしていた自分が、一番そのムードを利用者に出してしまっていた。
大変申し訳ない。

「いつもなら、ここで大声で怒るのに…」
と↑の利用者さんに言われて、苦笑いするしかなかった(笑)
もう大声を出す元気もなかったのかと、自分で驚いた。

大声でバカ笑いして、憎まれ口たたいて…。
これが私流だったのに、いつの間にか全てを封印していた。
封印は解除。これではいけない。これでは。

明日は休みだけど、午後から入浴介助のために職場に行きます。
3/22の休み以来、休みはない。みんなも同じ。
だから頑張る。いつもの元気を出せるように、頑張ろうと思う。
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by jyubon | 2011-03-28 11:37 | 東日本大震災 | Comments(4)

支援物資。

1家族○○まで。
色々配給があるらしい。

無料でいただける支援物資はありがたい。
しかしここで疑問がある。
一応それなりに生活できている我が家のような家庭はもらっていいものか。

実際、私たち夫婦はもらえる立場(被災者だから)だけど、
家をなくしたり、家族を食べさせるのに困窮している人はもっと沢山いる訳で、
その人達を中心に差し上げるべきなのではないだろうか。

でもその平等に配給できる術がない。
だから1家族5kgまでの米の配給も、酷い人は70kg持って行く人もいるらしい。

余分なガソリンを使わないためにも…と言う理由もあるが、
一応今の所、食べるためのお米は十分に我が家はあるので、
それらの配給は米・水を含め、殆どいただいていない。

無料に群がる習性は、人間誰しもあるもので、有難くいただけるものをいただくことは
決して悪いことではなく、感謝していただく分には、何ら問題はないと思う。

みんなが困っている状況下の今、自分しか見えていない人は、
もう少しだけ周囲を見渡せるチカラを持って、同じ問題に立ち向かうべきではなかろうか。

先日もUPした、職場への支援物資の件も同様。
オムツの支援物資。今本当に職場に必要な物資の数以上の物資が届いている。
いただけることは本当にありがたい。下さった方々の気持ちにも頭が下がる。
だけど良心が痛んでならない。もっと困っている人達の所に届かないものかと。
今日の夜勤、あれ以上オムツ類の物資の数が増えていないことを願う。
もし増えていたら…私が爆発することは間違いない。大噴火、決定だ。

福島県は、見えない敵(放射能)と戦っている。
そのせいで報道もそればかりで、捜索が進んでいないことや、現地の報道も避けられている。
福島県の避難所からの報道を全国放送であまり見ない。来ていないからだろう。
岩手も宮城も酷い被害を受けた。でも福島県は「地震・津波・放射能」と三重苦なのだ。
それを忘れ去られているように思う。

報道のチカラは本当に大きい。TVのチカラはもの凄い影響力だ。
震災後2週間以上が経過し、被災者だけでなく被災していない人も被災ムードに
精神的ダメージを受けていると思う。
でも本当の今を報道していてくれているだろうか?
全体的に平等に報道していてくれているだろうか?
岩手県の割合が多く、宮城県でも北の方ばかり。宮城県の南の方の報道はいつされた?
今を知りたい。本当の今を。

2週間が過ぎた今、被災地域全体の状況の把握を、被災者だけでなく全国民に伝えるべきだと
強く思う。そして本当に、今、私はそれが知りたい。
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by jyubon | 2011-03-27 13:00 | 東日本大震災 | Comments(6)

訪問者。

夜勤明けだった今日。定時に上がれそうだったのに、結局上がれなかった。
勤務表の手直し。課長に押し付けられる…。
「ワタシ、ヒラシャインナノニ…」

昨日夕方、河北新報の取材が職場にあり、朝から写真撮影があった。
私は逃げまくって写真に撮られずに済んだ。

はっきり言って、今この時期に来られても、何の記事になるのだろうか。
支援物資もオムツやら毛布やら沢山いただいて、使い切るのに時間がかかる程で、
逆にいただくのに良心が痛む程で、バカ事務はオムツの量を把握しないで
「いただけるものはいただく精神」のようで、今朝怒っておいた。
怒るというより注意だけど…。

本来いつも仕入れしている企業が始動すれば、そこで発注すればいいだけの話。
震災後2週間が過ぎ、やっと来週から始動するらしい。
でもしばらく発注はしなくても良いくらいの量の在庫。
支援物資は有難いが、本当に本当に困っているお年寄りや家族に支給していただきたい。
あの量を使いこなすのに、果たして何ヶ月かかるのだろう…。

平常業務であれば、使いこなすのだろうが、何せ非常事態。
回数も減っているし、中々沢山使わないようにもしている。
本当に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。

そんなオムツの支援物資に面くらって、勤務表をいじって、途方に暮れていたら、
元同僚が「会いたい」と連絡があり、どこも飲食業はやってないから、
我が家に来てもらった。震災後初の身内じゃない訪問者だ。

震災後から今までの状況をお互い話した。
やはり外部の人間と話をすることは非常に良い刺激だ。

ライブなんか行きたい気持ちじゃない。
そんな気持ちになるのはいつの事なんだろうか?
カラオケだって歌いたい気持ちになれるのは、いつの事だろうか?

多くの不透明な部分が残るが、いつの日か、また遊べる日を夢見て、頑張ろう。
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by jyubon | 2011-03-26 14:07 | 東日本大震災 | Comments(2)

ほんの少しがうれしい。

昨日、岐阜の実家から宅急便が届いた。
ヤマト運輸は配送センター止めで日数はかかっても送ってくれるとの事。
結局2日で届いた。早いものだ。
親は避難所の人向けの日用品を、弟夫婦は食料品を送ってくれた。
今回、弟夫婦がグッジョブだった。

送る側も送ってもらう方も、今何が欲しいか?と言う問いかけに正確に答えられない。
毎日必要なものがどんどん変わっていくからだ。

昨日届いた品の半分以上は、旦那さんの実家に差し上げようと思う。
両親の知り合いの方が被害が大きいし、使い道が沢山あるように思うからだ。

まだまだ送り足らない気持ちでいっぱいの私の実家の面々。
だけど本当に気持ちだけで有難い。
今食べる分には困らないし、温かいものも食べられるし、温かい所にいられる。

昨日もスーパーに行ったけど、食パンが買えたことが嬉しかった。
お惣菜やお弁当が並んでいることが嬉しかった。
牛乳が買えた事が嬉しかった。

そして今日、給料がちゃんと入っていて嬉しかった。
震災後の怒涛の勤務分はどうなるのか?よく分からないが、ひとまず1ヶ月は生きていける。
私の給料だけが収入源。本当に嬉しい。

昨日セブン・イレブンが開いてて、本当に急ブレーキをかけそうになった。
「コンビニが開いてる!」
今日、近所のセブンに行った。殆ど何もないけど、おにぎりと焼肉弁当だけがあった。
思わず記念におにぎりを2個買った。今夜夜勤で食べようと思う。
震災後初めて食べるコンビニおにぎり。本当に嬉しい。

朝10時くらいに目が覚めて、コタツでずっとうたた寝をしていた。
そしたら夢を見た。震災後の設定の夢だ。でも明らかに環境が違う。
今よりも落ち着いているようにも感じたし、そうでないようにも感じた。
デジャブでない事を信じたい。

明らかに顔に疲れが見えている。肌にハリが全然ない。
元々スッピンだけど、そのスッピンが老け込んでいる。
頑張らなくちゃ。

屋内退避。避難指示にしないで欲しい。
ただでさえいない職員を奪わないで欲しい。もうこれ以上減ったら…白旗だ。
お願いだ、国の人間よ。現場を見て、現状を見て、物事を決めて欲しい。
好き勝手に空想の世界で物事を決めるな!
この怒りをエネルギーに変えて、夜勤頑張ってきます。
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by jyubon | 2011-03-25 15:05 | 東日本大震災 | Comments(4)

哀しい現実。

夜勤明けだった今朝。かなりの睡魔で、うたた寝をしてしまった。
そんな時に、元職員が津波でさらわれて、遺体で見つかった話を聞いた。

彼は20代半ばだっただろうか。
母親が同じ職場のナースだったで、その母親も年末にくも膜下出血で倒れたと聞いたばかり。
彼は20代前半で、でき婚をしてパパになったと聞いた。
そんな彼が津波にのまれた。
それだけで胸が痛いのに、現実は惨いものだ。
もうひとり、元職員でおばちゃんの介護職をしていた人も、津波にのまれたと。
衝撃で、ショックで、驚きを隠せない。

原発の影響で、福島県の捜索の遅れが顕著。
全てが後回し。のけ者扱い。風評被害も著しい。
自衛隊も自衛隊の車も沢山見るけど、本当にやるべきことをやっていてくれるのか。
だから行方不明ももっといるはずだけど、見つからない。

元仲間の命が亡くなっていたことを、時間が経過した後に聞かされるのは、本当に辛い。
うちの職場の人間は無事だったから、尚更だ。
家を失った人は何人もいるけど、命は失っていない。
命は失ったら、再生することは不可能だ。

放射能の影響力はもの凄い。
人がどんどん去っていく。職を失い、ここで生きていけないのだ。
避難先で職を見つけて下さいって感じな職場もあるらしい。

うちの職場でも半分以上が避難していない。
今後の対策をどうするのだろうか。

ボランティアを要請しても、はっきり言って気持ちだけで結構。足手纏いだ。
嬉しい気持ちになれない。
「手伝ってやってる。私はいい事してるの」と言う雰囲気をプンプン漂わせて
完全に自己満足の世界なのだ。

ボランティアをされている方全てを否定するつもりは一切ありません。
ただ私の職場に来てくださってる方の態度が、そのような態度なのです。
純粋に一所懸命ボラアンティアをされている方々を見習って欲しい。

復興に向けて動いている今。確かなものが誰もが欲しい今。
自己満足も確かに必要なモノだとは思うけど、
人の命を扱っている場所を、そのようなツールに使わないで欲しい。

人の命が亡くなったことを知った今日。
偽善で傲慢なボランティアを見てガッカリした。
でも岐阜の実家や弟から、色々品が送られてきた。
気持ちが上がったり下がったりする毎日だけど、頑張れる気持ちは残っている。
29日まで休みはないけど、頑張ろう。
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by jyubon | 2011-03-24 17:31 | 東日本大震災 | Comments(2)

少しずつ少しずつ。

先程、相棒ナースマンから「起きてるか?」と電話をもらった。
「起きてたよ」と言いながら、私が休んでる間の職場の変化を教えてもらった。
その変化の前に「○○のローソン開いてるぞ!」が先だったけど(笑)
思わず興奮してしまいました。コンビニが開くだなんて…(涙)

職場も昼間来れる人間が増えてきた事。
相棒は昨日24時間勤務をしたこと。
3/26までしか作っていなかった勤務表、3/31分まで作ったこと等、
少しずつ明るい話題が増えてきて「ありがとうございます」って言葉しか出なかった。

体が元気じゃないと、頭も心も動かない。
一昨日からひたすら寝てたけど、体が「休むこと」を欲しているのだと思った。
まだ眠れそうだけど、これ以上寝たら、逆に頭の機能が停止しそうなので、
もう起きようと思います。

地震の影響も全て悪い訳ではないように思います。
今まで当たり前にしていた事が、感謝すべきことだったとか、
当たり前でないのだと思えたとか、人間が自然には無力だと言う事とか、
色々知ることが出来たからです。

また、地震の影響で、今まで見れなかった「PON」と言う番組が見れるようになりました。
これは「棚からぼた餅」的な感じな、良い影響でした。

全部マイナスなんかじゃない。どこかにプラスがあるはずだ。
今生きている人間には生かされている意味がある。残された意味がある。
目の前にある壁は乗り越えられる人間にしかやってこない。
ただあまりにも大きな壁のように思うが、少しずつその壁も低くなってきている。

少しずつ少しずつ。

今日、先週の木曜日以来新聞が届いた。ガス欠影響ですがね。
でも今までの分の新聞もくれたらいいのに、今日の分だけだった(涙)
まだ新聞も薄いし、本来の姿ではないけど、新聞屋さんも逃げないでいてくれる事に感謝。

少しずつ少しずつ。

頑張ろう。負けるな。東北魂。
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by jyubon | 2011-03-23 11:10 | 東日本大震災 | Comments(3)

被災中の休息。

今日は休みでした。
そして被災して初めてPCからの更新です。
やはり携帯と違って打ちやすい…(笑)

本当は昨日夜、呼び出しがあったのですが、相棒(になってしまったナースマン)にお任せして
私は家で待機してました。

震災から10日を過ぎ、吐血をした利用者が3人。
やはり弱者にしわ寄せが来るのでしょうね。
見えない今後や、変わってしまった状況に体が追いつかない利用者。

そして震災後亡くなった利用者は3人。うち2人は私が出勤中のことでした。
涙腺も壊れてるし、精神的に張り詰めているので、少しの事で泣けてきます。
亡くなった利用者の1人は、好きだった利用者だったので、家族と一緒に泣いてしまいました。
最後苦しそうな呼吸をしてましたが、亡くなった顔は穏やかでした。

職員で避難した人も職場を気にしていると思います。
でも残って頑張ってる人間は、もし戻ってきたとしても、
素直に「はい、どうぞ」と快く迎え入れる気力がありません。
他の職員は優しく迎え入れても、私にはそんな気持ちがありません。
誰のせいでもないけど、そこまで精神力が限界なのです。

毎日毎日「頑張る」と言い聞かせ、「頑張れる。大丈夫。」と言い放ち、
「倒れるもんか」と気を張って、「何とかなる。信じていこう。」と
TVやニュースを見て思い、私より酷い環境下の人を思って、前向きにやっているけど、
頭がショート寸前。

昨日から明日の夜勤まで自宅にいられるのは、震災後初めてで、本当の意味での休息でした。

被災したばかりの頃は、ニュースが見たくて、他の番組なんかどうでも良かった。
でも1週間が過ぎ、「デカワンコ」を見て和みました。
今日も再放送のドラマを見て、震災前のような錯覚に陥りました。

穏やかに温かい所で温かいものが食べられる幸せ。
節電のため、夕方明るいうちにシャワーを浴びました。
水も大事なので、1日おきにしかシャワーを浴びておりません。
利用者はもっと入浴出来ていないのですから、仕方がないです。

今日もゆっくり休もうと思います。待機ではありますが…。ではまた。
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by jyubon | 2011-03-22 17:57 | 東日本大震災 | Comments(6)

人間性。

今、生きている人誰もが経験したことのない大震災を体験した。

それに伴って、家をなくした人。家族を亡くした人。何もかもなくした人など沢山いる。
そしてその被災者である私達は、お互いがお互いを思い、助け合っていかなければならない。

この被害はまだまだ全貌が明らかになるまでには時間を要すると思う。
福島県は放射能の影響で復興も捜索も遅れているように思う。

みんなが苦しくてみんなが頑張ってるときに、
同僚のナースに「この状態がいつまで続くの!」と啖呵を切られた。
電話越しではあるが、思わず「誰もわかるわけないでしょ」と怒鳴り返してしまった。

極限状態になると人間性は露呈してしまうけど、
子供でも分かりそうな答えを50歳近いナースと言う職業をしている人間が分からないのか。
「体力がない」「家族も色々あるんだ」「ガソリンがない」
色々理由もあるだろうし、職場に来たくないのだと思う。

私の相棒(になりつつありナースマン)が間に入ってくれて
「(仕事に)来れるの?来れないの?」と聞いてくれて「来れないの。わかりました」と
電話を切ってくれた。

自分しか見えていない結果なのか。キャパシティの問題なのか。
ただ自分の職業上、職場放棄をするにも、その術が色々あるのだか、
この感じで縁を切ったのは、後味が悪いし、彼女自身後々反省して戻ってくるか来ないかも
全く分からないけど、素直に謝罪してくれる気持ちが残っているのなら、
残された職員に対して謝罪して欲しいと思った。

放射能。
この存在が、私達の生活や環境を蝕んでいる。

昨日亡くなった利用者の家族も、利用者を置いて、三重県へ避難していた。
家族は結局戻って来る羽目になるんだし、遺体は職場で安置。
火葬場も順番待ち。そんな状態なのだ。

同じ県内でも、助け合って頑張ろうと立ち上がってくれている施設や病院がある。
他県でも同様。もうただただ頭が下がる思いだ。

昨日元職場の施設の職員と利用者が無事避難出来たとニュースで見た。
思わずTV越しで名前を呼んでしまった。
彼女達は私たちより極限の状態で頑張っていた。
でもこれからも戦いの毎日に違いない。

自分のことや自分や家族のことが大事なのは誰でも同じ。
でも個人差があって、その考えを責めることは出来ない。

だけど、せっかくなけなしのチカラを振り絞ってやっている最中
「いつまでこの状態が続くの」と言われると、なけなしのモチベーションもゼロになる。
フェイドアウトするのは構わない。ただ私達の気持ちまで下げないで欲しい。

元職員で、今は暇をもてあましてる子がボランティアをと職場に来てくれた。
それなのに、市長にボランティア要請したからと、彼女の申し出を断った。
彼女のチカラはボランティア5人分に相当すると思う。だって元職員なのだから。
それを断る、経営者と事務の奴らの気が知れない。
それもまた残念な人間性だ。

震災1週間を越え、10日が過ぎ、職員の疲労の色は隠せない。
言葉も声も力ない。

「バカばっか」

あまりの経営者のバカさ加減と、事務のバカな対応ぶりに、この言葉しか出ない。

無能な人間が何人束になっても無能には変わりない。
無能だと自覚しない限り、無能なままだ。

周りを見ろ。毎日現場を見ろ。現状を戦場を感じろ。
「報・連・相」が一番なってないヤツラにそれを指摘されても、動じない。

心がすさんでいく。ささくれまくる。
それでも毎日誰かが避難に家族と共に去り、亡くなり、緊急で入ってくる。
1日1時間。めまぐるしい変化の毎日。

震災後の携帯からのブログUPを参考にしながら、
覚えているだけのことをブログに残していこうと思う。
それは絶対に後で役立つ日が来ると思うから。

東北魂。
頑張ろう。
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by jyubon | 2011-03-21 19:38 | 東日本大震災 | Comments(0)